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生命循環の輪 - 2015.03.30 Mon

 この世の始まりを、無から始まったと規定すると、始まりと終わり、光と影、善と悪、という比較が生まれてしまう。
これがそもそもが、現在も世界のあちこちで起こっている不条理な出来事の発端となる。

 しかし、無から始まったという規定は、 無 という言葉を口にした時点で破綻している。
無とは存在しないのであり、無 と口にした時点で、無 は無ではなくなってしまっているからだ。
つまり、この規定は成立させることができないのです。

 この世に始まりも終わりも無く、全ては存在し変化し続けているということだけが事実として認めうることなのだと思います。
つまり変化こそが、この世の実体なのです。

 ではその変化にははじまりと終わりがあるのか、と考えると、始まる前の状態がなければその変化は始めることが出来ないので、変化の無い状態を想定しなければなりません。しかし、変化の無い状態とは何も無い状態であり(何かがあれば必ず変化は起きます。)変化の無い状態というのも存在しないのです。

 だからやはり、変化こそがこの世の実態なのです。

 そして、その変化には始まりが無い、始まりが無いということは終わりも無いのです。

では始まりも、終わりも無い変化とはどんなものかと考えますと、循環という答えに帰着するはずです。

循環していれば、始まりも終わりもないのです。

 始まりも終わりも無い変化がこの世の実態だということは、変化し続ける循環そのものが、この世そのものだということになります。

 その循環の変化の中で、物質が生まれ、生命が生まれ、そしてそれらが姿かたちを変え変化しまた、物質が生まれ、生命が生まれてゆきます。こういった変化し続ける循環を広い意味での生命だと捉えれば、この世は生命循環の輪なのです。

 私たちは星になる物質、星からきた物質から構成され生命として生まれてきます。そして、その生命を終えるとまた、星になる物質、星へと還る物質に変わってゆきます。そして、それは長い長い時を経てまた生命として生まれることになります。

 私たちの体の部分、部分がどこでどうなって、どれになるのかなどと考えてはいけません。

私たちは生命循環の壮大な流れのほんの一部分であり、それがまた粉々になって壮大な循環の流れに還ってゆくのです、その時も私たちは生命循環の輪の全体の一部であることには変わりはありません。終始私たちは全体の一部として変化し続けているのです。何がどうあろうと私たちは全体の一部なのであり、本質的には全体そのもの自身なのです。

 全体のほんのわずかなある部分がひっついて固まり、その固まりが自分のことを「私」と思っているにすぎないのです。

私たちは全体そのものが総出で輪廻転生を繰り返しているのです。「私」そのものが個人的に輪廻転生を繰り返しているのではないのです。(この規定で考えてゆくとです。)

 ですから、私たちは常に全体の循環の中で成すべきことを求められます。なぜなら、私たちは全体の一部であり、全体そのものだからです。ごく自然な話しです。その成すべきことは人生という流れの中からくみ取ることができます。人生のながれは全体の循環によって生み出されているからです。

 そいうった、とてつもない大きな視野で、日常生活を見つめると、日頃悩んでいたことが悩むべき事柄ではないことに気づくはずです。

 私たちは壮大な宇宙の生命循環の輪の中にその一員として存在していることを意識してみてください。

それはまさに奇跡です。  

この奇跡をぜひとも楽しんでください。
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Natural color 色の神話 その2 - 2014.04.29 Tue

 緑の創造主によって形成され、大気と食物に満ちた陸上の世界

そこにはやがて群青の海から様々な生命が上陸してくる

 
 群青の海を動かす色は青、

その中で動くものの生命は青に支配されている

だからその中を流れる血液も青い血のものが多い


 そして、褐色の陸上で動くエネルギーを抱えた色は赤

それは大地の割れ目から吹き出すマグマの赤であり

木々を燃やす炎の赤であり

緑から生まれた実り、そして成熟を表す赤である

陸上を闊歩している生命の中を流れる血液は赤い血が多い


 私たち人類にとってこの赤は自然界に際立つ生命の象徴でもある

*****************************

 群青の海から青い血の生命、そして陸上にあがり赤い血の生命が

自然界における象徴となり、それらは混沌と重なり合いながらも

その血潮のうねりは繰り返されてきた。

そんな生命と自然がおりなすうねりの繰り返しの中で

ヒトは誕生した

その肌は大地の色に似ており、まるでそこから生まれたかのようだ

その中に流れる血潮は赤く、ヒトの生命の象徴の色となっている



かつてその肌は黒いジャングルのような毛に守られていた

しかし、ヒトは徐々に進化し黒い守りを必要としなくなった

やがて、ヒトはさらに進化し様々な色をまといはじめた

自然界のあらゆるところから色を取り出し

身にまとい、身の回りに色付けをし色の世界を創造し始めた

緑の創造主の真似をはじめたのだ(それとは気づかずに)

*****************************

新たな創造主となったヒトは実に多くの色のものを生み出していった

それは緑の創造主が考え付きもしないものも数多くあった

しかし、ヒトは色の手順を間違えることがよくあった

それで、どす黒いものを数多くうみだしてしまった

中には生命や自然までも脅かすものまでもあった

そして、現代に至り

ようやく、ヒトは緑の創造主の偉大さに気づきはじめ

その手順を探り、まねるようになってきた

そして緑の創造主を生み出した群青にも

さらに全ての色にも思いを巡らせるようになってきた

そして、この時に気づいた

ヒトがヒトである理由に

ヒトの試行錯誤の歴史が目指すものに、、、

*****************************

思えば、この世はなんと素晴らしい彩りに満ちていることか

無彩色の世界から、

ひょんなことから、この色彩豊かな世界が誕生し

その中に誕生したヒトはこの彩りを堪能し

味わい尽くし

その素晴らしさを知り

その素晴らしさを

形あるものから

形の無いものへと

命を吹き込んでいこうとしている

それは飽くなき挑戦

でも、それは宇宙誕生の願いなのだ

無彩色から宇宙が誕生した理由なのだ

その願いの中で誕生したのがヒトなのだ

だから人類は無限とも思える挑戦を飽くことなく続けている

そのように、わたしは思いたい。


色彩はその素晴らしさを私たちに伝えてくれるメッセンジャーなのです。





Natural color 色の神話 その1 - 2014.04.29 Tue

褐色は地であり地中を降りて広がり
黒は地を浄化し、全てを支える
群青は地から栄養をいただき命をなす
水の青は地を潤し、全てを映す
空の青は全てを包容する
緑は水の青を得て形を成し
黄緑は太陽の黄(気)を得て昇り、風となる
黄は満ちて太陽となり
黄・オレンジ・赤は開き、むすび、実りとなる
紫は地に降りて宿り、次の春を待つ

白は全てが満ちて光となる

*********************
かつて、緑は群青の海にその身を潜めていた
そして、
太陽の黄と空の青と水の青に導かれて地に上がった

その時から緑は地における創造の主となり
導かれた太陽に向かって伸び
導かれた空を大気を生成することで拡大し
導かれた水を吸収することで蓄え
協調することで、さらにその世界を広げって行った

それが、この自然界のはじまり

象形カラーコンパス - 2014.03.18 Tue

象形カラーコンパス


象形カラーコンパス解説

二十四節気と星座とカラーコンパス - 2013.12.25 Wed

二十四節気と星座とカラーコンパスを一つにまとめてみました。
季節の配置は体感による配置です。
色の配置は、季節と四季体質と関連します。
また、その季節の色はその季節のテーマであり、気を付けないといけない
体の部位でもあります。

   二十四節気と星座とカラーコンパス

光の色で見る相性 - 2013.12.07 Sat

好きな色で、相性の良い組み合わせがあります。
それが、実は光のスペクトル成分で見事に説明できるのです。
スライド1
この光の三原色 と 色料の三色 を合わせると!?
スライド2
それぞれRとC,GとM、BとYの色の好きな人は、相性の良いことが多いのですが
これらの組み合わせは見事に、お互いの足りないところを補って、二人でスペクトル成分を
全て満たすことになり、白色光(クリア)になることができるのです。

 どうです!?  とっても 面白いでしょ!?

 私たちは無意識にこんなバランスを取ることをしているんですよ!

 人間ってすごい~!!


 ちなみに、 RとCの好きな人の関係は→動脈と静脈の関係で好循環
       GとMの好きな人の関係は→森とさまよえる人の関係で互いに補い合います
       BとYの好きな人の関係は→海と太陽の関係、いい感じですね
                    (ここのBはちょっと、紫よりかな!?)

もしも月が無かったら~ - 2013.09.16 Mon

 もし、月が無かったら、その状態で地球上に生命誕生していたら、
その生態は大きく変わっていた可能性があると思いませんか!?

 その条件で現在と全く同じ人類が存在しているとします。
まず、女性の生理周期は大きく変わってしまうことが考えられます。
潮の満ち引きに関係する、海洋生物の産卵も大きく変わるでしょう!?

 ひょっとしたら、15年~16年おきに大接近を繰り返す火星によって
その周期が支配されていたかもしれません。

 そうなると、子孫を残すチャンスは激減します。
生命の寿命から、大きさから形態まで大きく変わってしまっていたかもしれません。

 そう考えてみると、私たち生命体は太陽系を回る惑星たちの影響をとても大きく
受けているのかもしれません。私たちは現在の太陽系のバランスの中で生まれてきた
ので、なんの疑問も感じることなくそこに適応した存在として暮らしているわけです。


 昔の人たちは、ブラックボックスである人体を掌握するために
人体内の臓器を夜空に見る惑星たちに例えたりして、その働きを理解しようという
試みをしました。それは陰陽五行説にも見られますし、インド占星術にも見られますし
ヨーロッパにもそういうことを唱えた人がいました。

 それはルネサンス初期のスイスの医師、錬金術師であるパラケルススです。
パラケルススの思想にはマクロコスモス(大宇宙)とミクロコスモス(小宇宙たる人間)の照応という
世界観が根底にあります。臓器と各惑星が対応しているというものです。大槻先生が訳された
パラケルススの本がありますが、その内容は現代人の感覚では到底理解しきれない難解なもの
ですが、その精神、思想だけは十分に伝わってくるものがあります。

 今、こころの地図に引き続き、人体の地図を色で作成する試みを続けていますが
なぜ、肝臓があるのか、なぜ心臓があるのかなぜ腎臓があるのかと考えてみるとその存在が
とても不思議に思えてきます。

 捕食して生きるための生命体として最低限必要なのは、口と消化吸収をする管と排泄物を出す肛門です。
それだけでいいのです。あとはそれを動かす動力があればいい。なのに、生物はどんどん複雑にその形態を
変え、大きくなり、そして、その活動を支えるためのあらゆる臓器を形成し獲得してゆきました。

なぜ、そんなことをしたのでしょう!?

 ただの管で居れば、悩むこともなく、ただ、捕食し、消化吸収し、排せつしていればいい。

 それで、最高に幸せだったのに、なんで、こんな苦難を自ら取り込んでいったのでしょう!?

 それは、プログラムだと思うのです。

 太陽系という偶然に出来上がった惑星たちのバランス系

 そのバランス系によるプログラムだと思うのです。

月がひと月周期で地球を回り、火星が15年周期で地球に大接近し、

水星は惑星の中で一番太陽に近いところで、一人だけ逆回転をし

巨大な木星は地球318個分の重さでその重力場を放ち、

その一方でこれまた巨大な土星は大きな輪っかを腰にまいてその存在を示し

一番離れたところの天王星は横回転をしながら太陽の周りを回っています。

太陽系をいう一見統制のとれた循環系のように見えますが

それぞれの惑星を見てみると、なんとも個性的で、一つとして同じものはありません。

 このように見てゆくと

 これらの惑星の影響を私たちの人体が受けていないと考える方が不自然かもしれません。

パラケルススのように各臓器が、それぞれの惑星に対応し、影響しあっていると考えてみる

ことはひょっとしたら、そんなに滑稽なことではないのかもしれないのです。


 だって、ただ生きてゆくだけなら、私たちはここまで、こんな複雑な人体組織系を
有する必要なんて無かったんですから。

 太陽系という生命製造装置の中の地球培地の上で私たちはこうなるように設定されている
と考えてもおかしくは無いと思うのです。

 そして、太陽系の中の各惑星はその生命製造装置の重要な部品たちなのです。

 こういった、思考、発想も、取り入れながら、人体の地図作成のエッセンスにしてゆきたい

そう思います。

人体に発生する病気は外環境因子、内的因子にその要因を分類できますが

 上記のような発想で見た場合は、外的因子=内的因子であり、一体であるという

考えになります。季節の変化は外的環境の変化でありますが、同時に内的環境の変化で

もあります。外的環境の変化に影響を受けて、変移しているのではなく

同時に変化しているのです。ただ、マクロコスモスとミクロコスモスの変化にはどうしても

タイムラグが生じる、だから、病気が発生してしまう。

そういうことだと思います。


なぜなら、植物はおそらくマクロコスモスとミクロコスモスのタイムラグが少ないと

思うのです、ですから私たち人類よりもはるかに変化に適応する能力がありたくましい

ように映ります。

   ま、こういった発想の世界もこういった思考もありかな、そう思います。

Colorholic KANPO - 2013.09.05 Thu

Color holistic medicineの一環とした、Colorholic KANPOこんな感じですすめてます。
samsaraもaromaもfoodもこのRGB方式で説明を加えてゆき、よりシンプルに理解できるように
してゆくつもりです。
ColorholicKANPO2595.jpg

Zero field(Zero color charge field) - 2013.09.03 Tue

カラーコンパスの中央部、の名称をZero field(Zero color charge field)と呼ぶことにしました。
Hue manの目指すべき、ところは Zero color chargeつまりclearになることです。
そのことで、心身の健康が保てる中庸が実現できるという考えです。
Zero field
Hueman(色相の人)は、RED・GREEN・BLUEの三原色元素をelementとして成り立っています。

Red:血と脾を主に構成します。Green:気と肝を主に構成します。Blue:水と腎を主に構成します。
そして、この気血水をHuemanの体内全体に隅々まで巡行させるために、心と肺はあります。
心はRedとGreenの元素から構成され、Yellowとなり、気と血に満ちた臓器となります。
肺はRedとBlueの元素から構成され、Purpleとなり、血を清らかにし、水を主る臓器となります。

 これが、Natural law cureの理論を進化させた、Color holistic medicineのもっとも基本となる理論です。
人の心身の健康にかかわるあらゆるケア、医療の理論をRGB三原色のとてもシンプルな三元素に集約することで
東西医療をシンプルかつスマートに説明できるものにしてゆきたいと思います。

natural law cure とは - 2013.08.05 Mon

Natural law cure は 一言で表現するならば、、、と

 いっ,ろいろ考えたんですが。

 Color holistic medicine と表現するのが、最適だという

 ことに落ち着きました。

 color holistic という言葉に帰ってきましたね。

  color holistic medicine で綜合医療を実現しているわけです。

 だんだん、体裁がとまとまってきました。
 

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プロフィール

春田博之

Author:春田博之
はるた ひろゆき

~1960年生まれ

芦屋こころとからだのクリニック

院 長
color holisticmedicine
色彩応用医学 創設者

芦屋こころとからだのクリニックで、なぜか繰り返す症状、中々解決できない健康の悩みをこころとからだの両面からアプローチし数々の患者さんを救っている。

2014年には医療最前線の名医「現代の赤ひげ12人」の一人に選ばれた。

colorholistic creator として
セミナーも実施中

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